
![]() 青龍 |
江戸時代天保のころから昭和初期にかけて、煤ヶ谷地区で行われていました雨乞い(あまごい)の「雄龍・雌龍」を、清川村の伝統文化「青龍祭」として再現しました。 龍の燃え盛る炎に照らし出される村民の顔、顔、顔。そこには、大きなことを成し遂げた成就感、人それぞれの思いが入り交じった感無量といった得難い感動が映し出されることでしょう。 |
| スケジュール | |
|---|---|
| 開催日時 | 8月6日(土) 午後1時40分〜(本祭は午後5時30分〜) ※雨天順延 |
| 実施場所 | @パレード/緑小学校〜運動公園 A本祭/運動公園 |
| 午後1時40分〜 | 入魂式(緑小学校) |
| 午後2時25分〜 | 青龍パレード(緑小学校〜運動公園) |
| 午後7時〜 |
青龍祭 本祭 → 開幕セレモニー → アトラクション → 青龍太鼓 → 青龍渡御 → 昇龍儀式 → 打ち上げ花火 |
その昔、煤ヶ谷村を流れる大川(小鮎川)の天王めいと寺鐘の深い淵(ふち)に、体長20メートルもある大きな雄龍、雌龍がそれぞれ住んでいました。2頭の龍は大変仲がよく、雨を降らせては、お互い会う機会を作っていましたが、やがて結婚して天に昇ってしまいました。
江戸時代の天保の頃、日本中に日照りが続き、煤ヶ谷村でも稲は枯れ、穀物は実らず村人は困り果てました。そこで、一人の若者が「雄雌(しゆう)の龍を作り、天王めいと寺鐘の淵に沈めたらどうか」と提案したところ、村人たちは賛成し、早速蛇籠(じゃかご)で雄雌の龍を作り、それぞれの淵に沈めました。すると、その後三日三晩、雨が降り続きました。それ以来、日照りの続く年には、村人は竹で編んだ夫婦龍を作り雨乞いの行事をするようになったということです。
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現在この青龍祭は、昭和61年に「ふれあい教育」の一環として進めてきた子ども会の地域学習活動が発端となって、昭和4年を最後に姿を消した「雨乞いの龍」を復元しました。 この龍の制作を契機に「青龍祭」という新しい祭りが生まれ、回を重ねるごとに村民の多数が参加する盛況振りをみせています。 お祭りは、青龍太鼓の連打の中、雄雌2頭の龍が厳粛に舞い降り(降龍の儀)、子供を始め多くの人たちに担がれて会場内を所狭しと練り歩きます。 圧巻は、最後の龍の昇天の儀式(昇龍の儀)で、打ち上げる花火、青龍太鼓の連打によって祭りの雰囲気が大きく盛り上がる中、人々の願いをこめた祈願札を体中につけた龍に点火され、豪壮に昇龍します。 この行事は、清川村の誇りとして、伝統文化を再現・継承し、観光立村に寄与するとともに、住民の相互のふれあいを深めて、地域福祉の向上と青少年の健全育成にもつながるものと信じております。これからも、社会の急激な変化に惑わされず、清川村の伝統行事となっています。 |
青龍に願いを託すため、祈願札を当日販売いたします。
家内安全、交通安全、学業成就、商売繁盛、そして願いを自由に書き込める自由札の五種類です。祭のクライマックスである昇龍儀式により願いを天に届けます。
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